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取締役の報酬請求

取締役と会社との関係は、委任ないし準委任であって、民法の委任に関する規定に従います(会社法330条)。委任は無償を原則としますが(民法648条1項)、株式会社の取締役の場合には報酬が支払われることが通常です。

この取締役報酬をめぐって争いになることがあります。

定款または株主総会決議の必要性

取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(報酬等)は、定款または株主総会決議をもって、①報酬等のうち額が確定しているものについてはその額を、②報酬等のうち額が確定していないものについてはその具体的な算定方法を、③報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容を定めなければなりません(会社法361条1項)。

したがって、報酬等の支払特約があっても、これらの定款の定めまたは株主総会決議がなければ、具体的な報酬請求権は発生しません(最高裁平成15年2月21日判決・金融商事判例1180号29頁)。

取締役の報酬等の決定を取締役または代表取締役に任せると、いわゆるお手盛りの弊害が生じることから、株主保護のために、取締役の報酬等の決定を定款または株主総会の決議によって定めることとされたのです。

定款・株主総会決議により個々の取締役ごとに取り決める必要はなく、取締役全員の報酬総額(または最高限度額)を定め、その具体的な配分を取締役会等の決定に委ねても適法ですし(最高裁昭和60年3月26日判決・判例タイムズ557号124頁)、取締役の報酬の個別金額の決定を代表取締役に再委任することも可能です(最高裁昭和31年10月5日判決・最高裁判所裁判集民事23号409頁)。

また、いったん株主総会決議により金額が決まれば、それによりお手盛りの弊害は抑えられますので、毎事業年度ごとの決議まで要求されず、その後は毎事業年度ごとに決議する必要はなく、増額または減額するときのみ決議すればよいとされています。

ただし、例外的に、株主総会の報酬決議が、特定の取締役の当該任期の報酬金額についてのみ決議する趣旨であることが明白である場合、その報酬決議の効力は、当該取締役の再任後の報酬には及びませんから、改めて決議する必要があります。

株主総会決議のないことによる返還請求

取締役の会社に対する具体的な報酬請求権は株主総会の決議がなければ発生しませんが、閉鎖的な中小会社の中には、何年にもわたって株主総会が開催されず、オーナー経営者が承認するという方式で報酬等が支払われることも多くあります。

このような場合、会社が、会社のオーナー経営者と対立した取締役に対し、過去に支払った報酬等の返還を求めることがありますが、株主総会決議に代わる全株主の同意があった場合と同視できる、もしくは信義則・権利の濫用法理により会社の請求を棄却する裁判例があります。

尚、株主総会決議がなくても、全株主の同意があれば報酬の支払いは適法となりますので(最高裁昭和46年6月24日判決・民集25巻4号596頁)、支払を受けた取締役は会社に返還する必要はありません(東京地裁平成3年12月26日判決・判例時報1435号134頁)。

会社の返還請求等を否定した裁判例

最高裁平成21年12月18日判決・判例タイムズ1316号132頁

株式会社の退任取締役に対する株主総会の決議等を経ることなく支給された退職慰労金相当額の不当利得返還請求が信義則に反せず、権利の濫用に当たらないとした原審の判断につき、次の点を指摘して違法があるとしました。

①当該会社では発行済株式総数の99%以上を保有する代表者が内規に基づく退職慰労金の支給を決裁することにより株主総会の決議に代えてきた

②退任取締役が上記内規に基づく退職慰労金の支給を催告したところその約10日後に上記金員の送金がされ、これにつき代表者の決裁はなかったものの、当該会社が退任取締役に対しその返還を明確に求めたのは送金後1年近く経過してからであった

東京地裁平成25年8月5日判決・金融商事判例1437号54頁

株主総会決議を経ないで取締役の報酬が支払われた場合であっても、株主総会決議に代わる全株主の同意があったと同視できる場合には、会社法361条1項の趣旨を全うできるから、当該決議の内容等に照らしてその趣旨目的を没却するような特段の事情が認められない限り、当該役員報酬の支払いは適法有効なものになるとされました。

東京地裁平成30年1月22日判決・判例タイムズ1461号246頁

会社が株主総会の決議等を経ることなく支給された取締役報酬相当額の金員につき退任取締役に損害賠償請求をすることが信義則に反し、権利の濫用として許されないとされました。

株主総会決議のないことによる報酬不払

株主総会決議がない場合、当該取締役は会社に対して報酬等を請求することはできないのでしょうか?

この点、認めた裁判例と認めなかった裁判例があります。

認めた裁判例

大阪高裁平成21年3月12日判決・判例時報2075号133頁

持株会社の取締役に任用されたこともなく、取締役としての職務を執行したこともない者の取締役報酬の請求につき、その実質は、会社の管理する不動産の収益の分配であるとの性格を免れないとして、認容されました。

東京高裁平成30年6月28日判決・金融商事判例1549号30頁

会社の代表取締役を含む4名の株主が全株式の98.8%を保有し、総会決議事項について同4名の意思決定によって決定することが可能な中で、役員報酬額を同4名で決めており、同4名以外の株主は、報酬額の減額決定などにも関心すら持たず、異議を述べることもなかった以上、4名の株主以外の株主は、役員報酬額について同4名の判断に任せていたとみることができ、役員報酬額の決定について全株主の同意があったものというべきであるとされました。

認めなかった裁判例

東京地裁平成19年6月14日判決・判例時報1982号149頁

報酬支給の対象である取締役(または元取締役)は、特段の事情がない限り、株主総会に取締役報酬議案を提案した取締役に対し、議案の実質的内容が不当であることを当該取締役の義務違反であると主張して取締役の第三者に対する責任を追及する損害賠償請求をすることができないとされました。

取締役報酬の減額・不支給

定款または株主総会決議によって適法に取締役報酬が決定されたときは、それが会社と取締役との間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束しますから、当該取締役の同意がない限り、株主総会決議によってもその報酬額を変更することはできません(最高裁昭和31年10月5日判決・最高裁判所裁判集民事23号409頁)。

任期途中で取締役の職務に著しい変更があった場合であっても、最高裁平成4年12月18日判決・民集46巻9号3006頁は、当該取締役が同意しない限り報酬請求権を失わないとしています。

各取締役の報酬が個人ごとにではなく、取締役の役職ごとに定められており、何人でもその就いた役職によって定められた額の報酬を受けるものとされており、当該取締役がこれを知って就任した場合には明示または黙示の同意の有無(同意を認めた裁判例として東京地裁平成2年4月20日判決・判例タイムズ765号223頁、認めなかった裁判例として福岡高裁平成16年12月21日判決・判例タイムズ1194号271頁)、信義則(事情変更の原則)の適用が問題とされたりします。

最高裁平成4年12月18日判決・民集46巻9号3006頁

「株式会社において、定款又は株主総会の決議(株主総会において取締役報酬の総額を定め、取締役会において各取締役に対する配分を決議した場合を含む。)によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから、その後株主総会が当該取締役の報酬につきこれを無報酬とする旨の決議をしたとしても、当該取締役は、これに同意しない限り、右報酬の請求権を失うものではないと解するのが相当である。」