退職慰労金を減額した取締役会決議を有効とした最判令和6.7.8

 取締役が退任するとき、退職慰労金が支払われるためには定款・株主総会決議により額が定められることが必要です。株主総会決議では、総額を明示せず、具体的金額・支給期日・支給方法を取締役会の決定に一任する旨の決議がされるのが通例です。

 株主総会において支給基準に基づく決定を委任された取締役会が基準に反して不支給または減額した場合、これが争われた裁判例もあるところ、最高裁令和6年7月8日判決の事例では、退任取締役の退職慰労金について株主総会決議による委任を受けた取締役会がした、内規の定める基準額から大幅に減額した額を支給する旨の決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとはいえないとされています。

最高裁令和6年7月8日判決

事案の概要

 Y社の代表取締役を退任したXが、Y社の株主総会からXの退職慰労金について決定することの委任を受けた取締役会において、代表取締役であるY1の故意又は過失により上記委任の範囲を超える減額をした退職慰労金を支給する旨の決議がされたなどと主張して、Y1に対しては民法709条等に基づき、Y社に対しては会社法350条等に基づき、損害賠償等を求めました。

 Y社においては、退任取締役の退職慰労金の算定基準等を定めた取締役退任慰労金内規(本件内規)存在するところ、本件内規には、退任取締役の退職慰労金は、退任時の報酬月額等により一義的に定まる額を基準とする(基準額)旨の定めがある一方で、取締役会は、退任取締役のうち、「在任中特に重大な損害を与えたもの」に対し、基準額を減額することができる旨の定め(本件減額規定)がありました。本件内規には、減額の範囲ないし限度についての定めは置かれていません。

 裁判では、上記の取締役会決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるか否かなどが争われました。

最高裁の判断

 原審は、「本件減額規定は、退任取締役の退職慰労金について、Y社に特に重大な損害を与えた在任中の行為によって生じた損害に相当する額を基準額から減額することができる旨を定めたものであり、上記行為とは別の行為による損害を考慮して上記退職慰労金を減額することは許されないと解される。Y社の取締役会は、本件行為3がY社に特に重大な損害を与えた行為とはいえないにもかかわらず、本件行為3に係る費用の支出を考慮してXの退職慰労金を減額した点において、本件減額規定の解釈適用を誤ったものであり、本件取締役会決議には裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある。」として、XのY1に対する民法709条に基づく損害賠償請求及びY社に対する会社法350条に基づく損害賠償請求をいずれも認容しました。

 これに対し、最高裁は次のように述べて、原判決を破棄し、Xの請求を棄却しました。

「⑴ 本件減額規定は、取締役会は、退任取締役が在任中Y社に特に重大な損害を与えた場合、基準額を減額することができる旨を定めているところ、その趣旨は、取締役を監督する機関である取締役会が取締役の在任中の行為について適切な制裁を課すことにより、Y社の取締役の職務執行の適正を図ることにあるものと解される。Y社の株主総会が退任取締役の退職慰労金について本件内規に従って決定することを取締役会に一任する旨の決議をした場合、取締役会は、退任取締役が本件減額規定にいう「在任中特に重大な損害を与えたもの」に当たるか否か、これに当たる場合に減額をした結果として退職慰労金の額をいくらにするかの点について判断する必要があるところ、上記の本件減額規定の趣旨に鑑みれば、取締役会は、取締役の職務の執行を監督する見地から、当該退任取締役がY社に特に重大な損害を与えたという評価の基礎となった行為の内容や性質、当該行為によってY社が受けた影響、当該退任取締役のY社における地位等の事情を総合考慮して、上記の点についての判断をすべきである。そして、これらの事情は、いずれも会社の業務執行の決定や取締役の職務執行の監督を行う取締役会が判断するのに適した事項であること、さらに、本件内規が本件減額規定による減額の範囲等について何らの定めも置いていないことに照らせば、取締役会は、上記の点について判断するに当たり広い裁量権を有するというべきであり、取締役会の決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということができるのは、この判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理である場合に限られると解するのが相当である(原審は、本件減額規定は特に重大な損害を与えた在任中の行為によって生じた損害相当額のみを減額し得る旨を定めたものとするが、本件減額規定がそのような趣旨のものであるとは解されない。)。

⑵ これを本件についてみると、前記事実関係によれば、Y社の取締役会は、Xが代表取締役在任中に本件各行為をしたことを考慮して、本件取締役会決議をしたものである。しかるところ、このうち本件行為1は、Y社の代表取締役を務めていたXが、長期間にわたってY社から社内規程所定の上限額を超過する額の宿泊費等を受領し、このことが発覚した後には、いったん負担した当該超過分に係る源泉徴収税相当額をY社に転嫁するとともに、社内規程に違反する宿泊費等の支給を実質的に永続化する目的で自らの報酬を増額したというものであり、このことが報道により社会一般に広く知れ渡ったことによって、Y社の社会的信用が毀損されたことがうかがわれる。また、本件調査委員会は、定時株主総会において示された方針に基づいて設置され、Xと利害関係のない弁護士等で構成されたところ、本件調査委員会による本件調査報告書では、本件行為1は特別背任罪に該当する疑いがあり、本件行為2も正当化することができず、Xは両行為によりY社に多大な損害を与えたとの指摘がされたものである。そして、取締役会は、このような本件調査報告書の内容を踏まえて本件取締役会決議をしたものであるところ、本件調査委員会が調査等に当たって収集した情報に不足があったことはうかがわれない。さらに、取締役会は、上記の指摘を受けて、本件調査委員会が提示した本件行為1につき告訴をして退職慰労金を支給しないとする案も検討したが、審議の結果、最終的に、告訴をせずに退職慰労金を大幅に減額する旨の判断に至ったのであり、取締役会においては、相当程度実質的な審議が行われたということができる。

これらの事情を総合考慮すると、本件行為1及び本件行為2をY社に多大な損害を及ぼす性質のものと評価することは相応の合理的根拠に基づくものといえ、本件行為3がY社に損害を与えるものであったか否かにかかわらず、Xが本件減額規定にいう「在任中特に重大な損害を与えたもの」に当たるとして減額をし、その結果としてXの退職慰労金の額を5700万円とした取締役会の判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理であるということはできない。

 以上によれば、本件取締役会決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということはできない。」

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(弁護士 井上元)