弁護士法25条では、弁護士は、依頼者の利益と相反する事件については、その職務を行ってはならないと規定されています。
日本弁護士連合会が定めている弁護士職務基本規程でも同様の規定がありますが、第57条で「共同事務所の所属弁護士は、他の所属弁護士(所属弁護士であった場合を含む。)が、第27条1号又は第28条の規定により職務を行い得ない事件については、職務を行ってはならない。ただし、職務の公正を保ち得る事由があるときは、この限りでない。」と禁止行為が加重されています。
弁護士の弁護士職務基本規程57条に反する訴訟行為に対して、相手方が異議を述べることができるか否かが争われた珍しい事案がありますのでご紹介します。
近時、事務所の離合集散や弁護士の事務所間の移籍が活発となっており、共同事務所に所属する弁護士間で利益相反事件の受任が問題とことも想定され、参考にしていただければと思います
最高裁令和3年4月14日決定
事案の概要
- X社らは、令和元年11月20日、本件訴訟を東京地方裁判所に提起した。本件訴訟は、発明の名称を「HIVインテグラーゼ阻害活性を有する多環性カルバモイルピリドン誘導体」とする特許の特許権者であるX社らが、Y社によって上記特許に係る特許権が侵害されている旨主張して、Y社に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めるものである。
- B弁護士は、平成20年からX社塩野義製薬株式会社に組織内弁護士として所属し、平成30年2月から令和元年10月までの間、本件訴訟の提起のための準備を担当していた。原審認定事実によると、B弁護士は、平成29年4月1日以降、X社の知的財産部情報戦略グループのサブグループ長として、他の従業員とともに、X社らが有する本件特許権に対応する外国の特許権侵害を理由とするY社の親会社に対する米国及びカナダでの訴訟提起の準備、米国訴訟提起後のディスカバリー手続への対応、米国訴訟における特許の請求項の解釈の検討、カナダ訴訟における訴訟戦略の検討等を行っていた。
- B弁護士は、同年12月31日、X社を退社し、令和2年1月1日、A弁護士らの所属する法律事務所(本件事務所)に入所した。
- A弁護士らは、Y社から令和2年1月8日付け委任状の交付を受けて本件訴訟の訴訟代理人となった。
- 5X社らは、令和2年2月7日、東京地方裁判所に対し、本件事務所の所属弁護士であるA弁護士は基本規程27条1号の規定により本件訴訟につき職務を行い得ないのであるから、本件訴訟においてA弁護士らがY社の訴訟代理人として訴訟行為をすることは、基本規程57条に違反すると主張して、A弁護士らの各訴訟行為の排除を求める申立てをした。なお、 B弁護士は、同月10日、本件事務所を退所した。
原審(知財高裁令和2年8月3日決定・判例時報2491号32頁)
次のとおり判断して、本件訴訟におけるA弁護士らの各訴訟行為を排除する旨の決定をしました。
- 弁護士法25条1号に違反する訴訟行為については、X社である当事者は、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることができるものと解される(最高裁昭和35年(オ)第924号同38年10月30日大法廷判決・ 民集17巻9号1266頁、最高裁平成29年(許)第6号同年10月5日第一小法廷決定・民集71巻8号1441頁参照)。
- 弁護士法25条1号は、先に弁護士を信頼して協議又は依頼をした当事者の利益を保護するとともに、弁護士の職務執行の公正を確保し、弁護士の品位を保持することを目的とするものである。そして、基本規程57条が、共同事務所の所属弁護士は、他の所属弁護士等が基本規程27条1号の規定により職務を行い得ない事件について職務を行ってはならないとするのも、これと同様の目的に出たものである。そうすると、弁護士法25条1号の場合と同様、基本規程57条に違反する訴訟行為についても、X社である当事者は、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることができるものと解するのが相当である。
- 本件訴訟における阿部弁護士らの各訴訟行為について、職務の公正を保ち得る事由があるものとは認められず、同各訴訟行為は基本規程57条に違反する。
最高裁の判断
最高裁は、次のように述べて、原審知財高裁の決定を破棄し、原々決定に対する抗告を棄却しました。
「基本規程は、日本弁護士連合会が、弁護士の職務に関する倫理と行為規範を明らかにするため、会規として制定したものであるが、基本規程57条に違反する行為そのものを具体的に禁止する法律の規定は見当たらない。民訴法上、弁護士は、委任を受けた事件について、訴訟代理人として訴訟行為をすることが認められている(同法54条1項、55条1項、2項)。したがって、弁護士法25条1号のように、法律により職務を行い得ない事件が規定され、弁護士が訴訟代理人として行う訴訟行為がその規定に違反する場合には、X社である当事者は、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることができるとはいえ、弁護士が訴訟代理人として行う訴訟行為が日本弁護士連合会の会規である基本規程57条に違反するものにとどまる場合には、その違反は、懲戒の原因となり得ることは別として、 当該訴訟行為の効力に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。
よって、基本規程57条に違反する訴訟行為については、X社である当事者は、同条違反を理由として、これに異議を述べ、裁判所に対しその行為の排除を求めることはできないというべきである。」
草野耕一裁判官の補足意見
本件に関する私の見解は法廷意見記載のとおりであるが、これはA弁護士らがB弁護士の採用を見合わせることなく本件訴訟を受任したことが弁護士の行動として適切であったという判断を含意するものではない。
ある事件に関して基本規程27条又は28条に該当する弁護士がいる場合において、当該弁護士が所属する共同事務所の他の弁護士はいかなる条件の下で当該事件に関与することを禁止または容認されるのかを、抽象的な規範(プリンシプル)によってではなく、十分に具体的な規則(ルール)によって規律することは日本弁護士連合会に託された喫緊の課題の一つである。日本弁護士連合会がこの負託に応え、以って弁護士の職務活動の自由と依頼者の弁護士選択の自由に対して過剰な制約を加えることなく弁護士の職務の公正さが確保される体制が構築され、裁判制度に対する国民の信頼が一層確かなものとなることを希求する次第である。
弁護士法及び弁護士職務基本規程
弁護士法
(職務を行い得ない事件)
第25条
弁護士は、次に掲げる事件については、その職務を行つてはならない。ただし、第3号及び第9号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。
- 相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
- 相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの
- 受任している事件の相手方からの依頼による他の事件
- 公務員として職務上取り扱つた事件
- 仲裁手続により仲裁人として取り扱つた事件
- 弁護士法人(第30条の2第1項に規定する弁護士法人をいう。以下この条において同じ。)の社員若しくは使用人である弁護士又は外国法事務弁護士法人(外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法(昭和61年法律第66号)第2条第3号の2に規定する外国法事務弁護士法人をいう。以下この条において同じ。)の使用人である弁護士としてその業務に従事していた期間内に、当該弁護士法人又は当該外国法事務弁護士法人が相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件であつて、自らこれに関与したもの
- 弁護士法人の社員若しくは使用人である弁護士又は外国法事務弁護士法人の使用人である弁護士としてその業務に従事していた期間内に、当該弁護士法人又は当該外国法事務弁護士法人が相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるものであつて、自らこれに関与したもの
- 弁護士法人の社員若しくは使用人又は外国法事務弁護士法人の使用人である場合に、当該弁護士法人又は当該外国法事務弁護士法人が相手方から受任している事件
- 弁護士法人の社員若しくは使用人又は外国法事務弁護士法人の使用人である場合に、当該弁護士法人又は当該外国法事務弁護士法人が受任している事件(当該弁護士が自ら関与しているものに限る。)の相手方からの依頼による他の事件
弁護士職務基本規程
第27条
弁護士は、次の各号のいずれかに該当する事件については、その職務を行ってはならない。ただし、第3号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。
- 相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
- 相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくものと認められるもの
- 受任している事件の相手方からの依頼による他の事件
- 公務員として職務上取り扱った事件
- 仲裁、調停、和解斡旋その他の裁判外紛争解決手続機関の手続実施者として取り扱った事件
第28条
弁護士は、前条に規定するもののほか、次の各号のいずれかに該当する事件については、その職務を行ってはならない。ただし、第1号及び第4号に掲げる事件についてその依頼者が同意した場合、第2号に掲げる事件についてその依頼者及び相手方が同意した場合並びに第3号に掲げる事件についてその依頼者及び他の依頼者のいずれもが同意した場合は、この限りでない。
- 相手方が配偶者、直系血族、兄弟姉妹又は同居の親族である事件
- 受任している他の事件の依頼者又は継続的な法律事務の提供をしている者を相手方とする事件
- 依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する事件
- 依頼者の利益と自己の経済的利益が相反する事件
第57条
共同事務所の所属弁護士は、他の所属弁護士(所属弁護士であった場合を含む。)が、第27条1号又は第28条の規定により職務を行い得ない事件については、職務を行ってはならない。ただし、職務の公正を保ち得る事由があるときは、この限りでない。
(弁護士 井上元)