従業員が会社業務を行うに際して第三者に損害を与えることがあります。業務中の交通事故が典型的なケースです。
この場合、従業員は不法行為者として第三者に対し損害賠償義務を負うことは当然として(民法709条)、会社も、相当の注意をしたとき等を除き、使用者責任を負うものとされています(民法715条1項)。
そして、会社が第三者に対して損害賠償を行った場合、従業員に対して求償権を行使することができます(民法715条3項)。ただし、会社の従業員に対する求償権は相当程度制限されるのが一般的です(大阪民事実務研究会「被用者が使用者又は第三者に損害を与えた場合における使用者と被用者の間の賠償・求償関係」判例タイムズ1468号5頁)。
これに対し、第三者に対し損害賠償を行った従業員の会社に対する求償権の行使、いわゆる「逆求償」については、これを認める下級審裁判例が少数ありましたが、最高裁判例はなかったところ、最高裁第二小法廷令和2年2月28日判決がこれを認めました。
極めて重要な判決ですのでご紹介します。
最二小判令和2・2・28
事案の概要
⑴ 使用者は、貨物運送を業とする資本金300億円以上の株式会社であり、全国に多数の営業所を有している。使用者は、その事業に使用する車両全てについて自動車保険契約等を締結していなかった。
⑵ 被用者は、平成17年5月、使用者に雇用され、トラック運転手として荷物の運送業務に従事していた。
⑶ 被用者は、平成22年7月26日、上記業務としてトラックを運転中、信号機のない交差点を右折する際、同交差点に進入してきたAの運転する自転車に上記トラックを接触させ、Aを転倒させる事故(本件事故)を起こした。Aは、同日、本件事故により死亡した。使用者は、Aの治療費として合計47万円余りを支払った。
⑷ Aの相続人は、その長男及び二男であった。
⑸ 二男は、平成24年10月、使用者に対して本件事故による損害の賠償を求める訴訟を提起した。平成25年9月、二男と使用者との間で訴訟上の和解が成立し、使用者は、二男に対して和解金1300万円を支払った。
⑹ 長男は、平成24年12月、被用者に対して本件事故による損害の賠償を求める訴訟を提起した。第1審裁判所は、平成26年2月、46万円余り及び遅延損害金の支払を求める限度で長男の請求を認容する判決を言い渡した。被用者は、同年3月、上記判決に従い、長男に対して52万円余りを支払った。長男が上記判決を不服として控訴したところ、控訴審裁判所は、平成27年9月、上記判決を変更し、1383万円余り及び遅延損害金の支払を求める限度で長男の請求を認容する判決を言い渡し、その後、同判決は確定した。
⑺ 被用者は、平成28年6月、上記判決に従い、長男のために1552万円余りを有効に弁済供託した。
⑻ 被用者は、使用者の事業の執行としてトラックを運転中に起こした交通事故に関し、第三者に加えた損害を賠償したことにより使用者に対する求償権を取得したなどと主張して、使用者に対し、求償金等の支払を求めた。
原審(大阪高裁)
原審は、次のとおり判断して、被用者の本訴請求を棄却した。
「被用者が第三者に損害を加えた場合は、それが使用者の事業の執行についてされたものであっても、不法行為者である被用者が上記損害の全額について賠償し、負担すべきものである。民法715条1項の規定は、損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え、使用者にも損害賠償義務を負わせることとしたものにすぎず、被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならない。また、使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合において、使用者の被用者に対する求償が制限されることはあるが、これは、信義則上、権利の行使が制限されるものにすぎない。
したがって、被用者は、第三者の被った損害を賠償したとしても、共同不法行為者間の求償として認められる場合等を除き、使用者に対して求償することはできない。」
最高裁
最高裁は、次のように判断して、被用者の使用者に対する求償権を認めた。
「民法715条1項が規定する使用者責任は、使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである(最高裁昭和30年(オ)第199号同32年4月30日第三小法廷判決・民集11巻4号646頁、最高裁昭和60年(オ)第1145号同63年7月1日第二小法廷判決・民集42巻6号451頁参照)。このような使用者責任の趣旨からすれば、使用者は、その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。
また、使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して求償することができると解すべきところ(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁)、上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。
以上によれば、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、上記諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるものと解すべきである。」
裁判官菅野博之、同草野耕一の補足意見
私たちは法廷意見に賛同するものであるが、更に審理を尽くさせるために本件を原審に差し戻した趣旨について、敷衍して述べておきたい。
1 当審が原審に求めている審理事項は、本件事故による損害に関して各当事者が負担すべき額であり、その際に考慮すべき諸事情は法廷意見で述べたとおりである。これらの諸事情のうち本件においてまず重視すべきものは、上告人及び被上告人各自の属性と双方の関係性である。これを具体的にいえば、使用者である被上告人は、貨物自動車運送業者として規模の大きな上場会社であるのに対し、被用者である上告人は、本件事故当時、トラック運転手として被上告人の業務に継続的かつ専属的に従事していた自然人であるという点である。使用者と被用者がこのような属性と関係性を有している場合においては、通常の業務において生じた事故による損害について被用者が負担すべき部分は、僅少なものとなることが多く、これを零とすべき場合もあり得ると考える。なぜなら、通常の業務において生じた事故による損害について、上記のような立場にある被用者の負担とするものとした場合は、被用者に著しい不利益をもたらすのに対し、多数の運転手を雇って運送事業を営んでいる使用者がこれを負担するものとした場合は、使用者は変動係数の小さい確率分布に従う偶発的財務事象としてこれに合理的に対応することが可能であり、しかも、使用者が上場会社であるときには、その終局的な利益帰属主体である使用者の株主は使用者の株式に対する投資を他の金融資産に対する投資と組み合わせることによって自らの負担に帰するリスクの大きさを自らの選好に応じて調整することが可能だからである。さらに付け加えると、使用者には、財務上の負担を軽減させる手段として業務上発生する事故を対象とする損害賠償責任保険に加入するという選択肢が存在するところ、被上告人は、自己の営む運送事業に関してそのような保険に加入せず、賠償金を支払うことが必要となった場合には、その都度自己資金によってこれを賄ってきたというのである(以下、このような企業の施策を「自家保険政策」という。)。被上告人が自家保険政策を採用したのは、その企業規模の大きさ等に照らした上で、そうすることが事業目的の遂行上利益となると判断したことの結果であると考えられる。他方で、上告人は、被上告人が自家保険政策を採ったために、企業が損害賠償責任保険に加入している通常の場合に得られるような保険制度を通じた訴訟支援等の恩恵を受けられなかったという関係にある。以上の点に鑑みるならば、使用者である被上告人が自家保険政策を採ってきたことは、本件における使用者と被用者の関係性を検討する上で、使用者側の負担を減少させる理由となる余地はなく、むしろ被用者側の負担の額を小さくする方向に働く要素であると考えられる。
2 なお、事案によっては、各当事者が負担すべき額を検討するに当たって、①不法行為の加害者でもある被用者の負担金額が矯正的正義の理念に反するほどに過少なものとなったり、あるいは、②今後同種の業務に従事する者らが適正な注意を尽くして行動することを怠る誘因となるほどに過少なものとなったりすることがないように配慮する必要がある場合もあろう。しかしながら、本件に関しては、上告人は、本件事故を起こしたことについて自動車運転過失致死罪として執行猶予付きながら有罪の判決を受けていること、本件事故当時の固定給が毎月6万円(歩合給や残業代を含めると22万円ないし25万円)であったのに対し、本件事故に際して「罰則金」なる名目で被上告人から40万円を徴収されていること、上告人の被上告人における勤務態度は真面目で本件事故が起きるまで別段の問題を起こしたこともなかったが、本件事故後に被上告人を退職することになったこと、本件事故に関して被害者の遺族の一人から損害賠償請求訴訟を提起され、前述のとおり被上告人が自家保険政策を採ってきたことの結果として保険会社からの支援を得られないまま、長年にわたり当該訴訟への対応を余儀なくされたことが認められるのであって、このように上告人が本件事故に起因して様々な不利益を受けていることからすれば、本件は、上記①及び②の点に関する配慮が必要な事案ではないと考えられる。
3 差戻審においては、各当事者の主張の展開を踏まえつつ、上記に述べた上告人及び被上告人の属性と関係性その他の諸事情を適切に考慮した上で、損害の公平な分担額について判断されるべきであると考える。
裁判官三浦守の補足意見
貨物自動車運送事業に関し、被用者が使用者に対して求償することができる額の判断に当たり考慮すべき点について付言する。
貨物の円滑な流通は、我が国における経済活動及び国民生活の重要な基盤であり、貨物自動車運送事業は、その流通の中心的な役割を担うものであるから、その健全な発展を図ることは、我が国社会にとって重要な課題である。
そのため、貨物自動車運送事業法は、この事業の運営を適正かつ合理的なものとすること等を目的として(1条)、一般貨物自動車運送事業を国土交通大臣による許可制とし(3条)、その許可基準の一つとして、「その事業を自ら適確に、かつ、継続して遂行するに足る経済的基盤及びその他の能力を有するものであること」を定めている(6条3号。平成30年法律第96号による改正前は「その事業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するものであること」と定められていたが、基本的な趣旨は変わらないものと解される。)。
そして、国土交通大臣は、その審査に当たり、貨物の運送に関し支払うことのある損害賠償の支払能力を審査することが省令で明確化されたが(令和元年国土交通省令第27号により追加された貨物自動車運送事業法施行規則3条の6第3号)、これは、貨物自動車運送事業が、その事業の性質上、貨物自動車による交通事故を含め、事業者が貨物の運送に関し損害賠償義務を負うべき事案が一定の可能性をもって発生することを前提として、事業者がその義務を十分に果たすことが事業を適確かつ継続的に遂行する上で不可欠と考えられることによる。したがって、事業者がその許可を受けるに当たっては、計画する事業用自動車の全てについて、自動車損害賠償責任保険等に加入することはもとより、一般自動車損害保険(任意保険)を締結するなど、十分な損害賠償能力を有することが求められる(「一般貨物自動車運送事業及び特定貨物自動車運送事業の許可及び事業計画変更認可申請等の処理について」(平成15年2月14日付け国自貨第77号)参照)。
このことは、この事業の遂行に伴う交通事故の被害者等の救済にとって重要であることはいうまでもないが、それとともに、貨物自動車運転者である被用者の負担軽減という意味でも重要である。日常的に使用者の事業用自動車を運転して業務を行う被用者としては、その業務の性質上、自己に過失がある場合も含め交通事故等を完全に回避することが事実上困難である一方で、自ら任意保険を締結することができないまま、重い損害賠償義務を負担しなければならないとすると、それは、被用者にとって著しく不利益で不合理なものというほかない。その意味で、これは、この事業を支える貨物自動車運転者の雇用に関する重要な問題といってよい。事業者である使用者に対し、事業用自動車の全てについて十分な損害賠償能力を求めることは、任意保険又は使用者の負担において、その損害賠償を行うことによって、被用者の負担を大きく軽減し又は免れさせ、ひいては、この事業の継続に必要な運転者の確保に資するという意味でも重要な意義がある。
上記の許可基準は、以上のような趣旨を含むものと理解することができ、法廷意見が述べるような、被用者が使用者に対して求償することができる額の判断に当たっては、こうした点も考慮する必要がある。特に、使用者が事業用自動車について任意保険を締結した場合、被用者は、通常その限度で損害賠償義務の負担を免れるものと考えられ、使用者が、経営上の判断等により、任意保険を締結することなく、自らの資金によって損害賠償を行うこととしながら、かえって、被用者にその負担をさせるということは、一般に、上記の許可基準や使用者責任の趣旨、損害の公平な分担という見地からみて相当でないというべきである。
コメント
このように被用者の使用者に対する「逆求償」が認められることは明らかになりました
最高裁は、求償権の割合については判断せず高裁に差し戻しましたが、使用者の被用者に対する求償権行使の割合については、大阪民事実務研究会「被用者が使用者又は第三者に損害を与えた場合における使用者と被用者の間の賠償・求償関係」判例タイムズ1468号17頁では「使用者からの請求が制限される割合と、被用者からの請求が認められる割合とは、同一となろう」とされているところであり、今後、事例の集積が待たれるところです。
(弁護士 井上元)