後見開始申立において鑑定を実施できない場合はどうなるのか?

 家庭裁判所は、原則として、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければならず、明らかにその必要がないと認めるときを除き、鑑定を実施することなしに後見開始の審判をすることができません(家事事件手続法119条1項)。
しかし、例えば、親Xの認知症が進んだとき、子AがXについて後見開始審判を申し立てたものの、他の子Bがこれに反対し、Xの精神鑑定に強く反対するため鑑定が実施できないこともあるようです。東京高決令和5・3・20判時2598号38頁は、子AによるXについての後見開始申立を却下した審判を取り消し、家裁に差し戻しており、参考となりますのでご紹介します。
 因みに、東京高判令和5・11・24判時2598号32頁は、限定的ではあるものの一定程度の意思能力がある可能性があるXについて、Xの精神の状況について鑑定をしないままされた後見開始の審判は、家事事件手続法119条1項に違反し、原審に差し戻しても鑑定を実施することは困難であるとして後見開始の申立てを却下しています。Xについて一定程度の意思能力がある可能性があること、家庭裁判所調査官によるXとの調査面接が実施されていること等、上記東京高決令和5・3・20の事案とは事例が異なっています。

東京高決令和5・3・20判時2598号38頁

 Xの長女である子Aが、Xについて後見開始の申立てをしたところ、家裁が申立てを却下したため、Aがこれを不服として即時抗告をしました。
高裁は次のように述べて原審を取り消し、家裁に差し戻しました。
 
「Aは、令和3年〇月〇日、横浜家庭裁判所に対し、同年〇月〇日に死亡した亡Cの遺産分割の必要が生じたことなどを理由に、Xについて後見開始の申立てをした。Aは、同申立てにおいて、長男Bが亡Cをだまして遺言書を作成させたり、預金を無断で引き出したりしていること、上記遺産分割のために成年後見が必要であるだけでなく、長男Bが金銭に汚いため、Xの預金を弁護士である成年後見人に管理してほしいことを主張し、Xの認知機能については、日によって変動することは『ない』、日常的な行為に関する意思の伝達は『できない』と記載し、Xに対する事情聴取等における留意点として『意思疎通できず会話まったくできません(認知症)』と記載した。
 横浜家庭裁判所の家庭裁判所調査官は、Bに対し親族照会書を送付したところ、Bは、令和4年〇月〇日付けで回答書を提出し、Xの現在の状態について『自身で法律行為や財産管理をする判断能力はないと思う。』と回答した上で、Xは余命幾ばくもないと思っているので、こういう事(注;成年後見の手続と思われる。)を行ってもどうかと思う旨を記載し、『Xの診断書の提出にも鑑定にも協力できない。』と回答し、専門職後見人の選任に反対である旨を記載した。
 調査官は、長男Bの詳細な意向を把握するため電話連絡を試みたが不通であったため、令和4年〇月〇日に調査期日を設定し、Bに出頭を要請したが、Bは出頭しなかった。調査官は、Xが利用中の特別養護老人ホームに電話連絡をしたが、同施設の責任者は、Xに対する鑑定や調査官によるX調査については、契約者であるBの同意がなければ実施を認めることはできないとし、同施設からBの意向を確認したものの、Bが同意をしなかったため、施設として協力することができない旨を回答した。」
 
「以上の事実によれば、Xについては、平成22年に認知症の診断を受けた後、認知機能障害が進行し、平成29年6月頃の時点で、既に意思疎通が困難な状態であり、長谷川式簡易知能評価スケールによる検査結果も30点中1点にとどまったこと、令和2年8月の時点では、認知症の進行により記憶力、見当識、理解・判断力のいずれも高度に障害された状態で、意思の伝達もほとんどできない状態であったこと、現在に至るまで、Xについて上記の状態の変化をうかがわせる事情はないことが認められる。したがって、Xについては、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠くという後見開始の原因が存在する可能性が高いが、Xが利用する介護サービスの契約者であり、Xの財産を管理しAからその財産管理に問題がある旨を主張されているBが協力しないことにより、後見開始の審判をするために必要なXの精神の状況の鑑定(家事事件手続法119条1項)やXの陳述聴取(同法120条1項1号)ができない状況にある。Bは、自ら、Xが自身で法律行為や財産管理をする判断能力がないと思う旨の意見を述べているにもかかわらず、上記手続に協力しないことからすれば、Xの精神上の障害の程度は、後見開始の審判をすることが相当な状態にあるが、同審判がされて成年後見人が選任される可能性が高く、その場合には、当該成年後見人から、長女Aが主張するような財産管理上の問題点を追及されることを恐れて非協力を続けている可能性も相応にあるといわざるを得ない。」
 
「したがって、現時点の資料によっては、Xについて、後見開始の原因があるとまで断定することはできず、後見開始の審判をするに当たり明らかに鑑定の必要がない場合(家事事件手続法119条1項ただし書)や、Xの心身の障害によりその陳述を聴くことができない場合(同法120条ただし書)に当たるとまで断ずることもできないから、本件については、Bに対して改めて手続への協力を求めた上で、後見開始の原因の有無や、鑑定及びXの陳述聴取の要否を審理判断すべきである。その結果、後見開始の審判をすることが相当である場合には、更に成年後見人選任の手続を尽くす必要がある。これらの手続は、家庭裁判所において行うことが相当であるから、所要の審理を尽くさせるため、原審判を取り消し、本件を原審に差し戻すのが相当である。」
 
「もっとも、裁判所が、改めてBに対して手続への協力を求めたにもかかわらず、Bがこれに協力しない対応を続ける場合には、そのような事情をも手続の全趣旨として斟酌し、前記の事情が認められる場合においては、Xについて後見開始の原因を認定するとともに、明らかに鑑定の必要がなく、Xの心身の障害によりその陳述を聴くことができない場合に当たると認定することも許されるというべきである。」
 
(弁護士 井上元)